2013年4月17日水曜日

マーガレット・サッチャー逝去、時は変わった「ゲーム・チェンジ」

 マーガレット・サッチャーが今月亡くなった。イギリスでは、日本時間17日の夜に葬儀が行われる。アメリカからは、チェイニー元米副大統領が参加するとは、オバマ政権からもサッチャーは良く思われていないのでしょう。ボストンの爆弾テロ等の国内や、北朝鮮情勢が緊迫化しつつあり、ブッシュ政権の閣僚しかサッチャーの葬儀に参加出来ないといった面もあるでしょうが。

 サッチャー逝去のニュースと共に、「The iron lady」(邦訳:マーガレット・サッチャー 鉄の女の涙」が取り上げられ、サッチャー追悼のアイコン的映画になっている。

 その中で、今回は「ゲーム・チェンジ 大統領選を駆け抜けた女」をご紹介します。WSJ等の記事でも、「鉄の女の涙」が取り上げられ、日本の政治家や有識者でも多数言及されているからこそ、この映画を取り上げる。


 本作の主人公は、サラ・ペイリン(ジュリアン・ムーア)。2008年の米大統領選において、共和党の大統領候補であるジョン・マケインが副大統領候補として指名した女性政治家である。サラ・ペイリンは当時アラスカ州知事で、民主党のオバマ候補との競争で、不利な大統領選を強いられるマケイン候補の秘密兵器として突然副大統領候補に指名された事は有名な出来事だ。

 ペイリンが出現した背景には、レーガン政権から続いた共和党の支持母体のキリスト教連合(同性愛や中絶に反対するカトリック・プロテスタント福音派、モルモン教等の勢力)が、ブッシュ政権のイラク戦争や、有名伝道師の性的スキャンダルによって崩壊したため、ペイリンを副大統領候補にすることによって、共和党陣営が大統領選の巻き返しを期待したという面がある。

 しかし、選挙戦が進むにつれて、あまりに過激な右翼的発言や基本的常識の欠如が明らかになり、余計共和党陣営の首を絞める結果にはなったのだが・・・。

 本作では、オバマ陣営に苦戦するマケイン陣営スタッフの苦悩が詳細に描かれている。マケイン陣営は、最初からオバマ陣営に勝てない事を分かっており、最終手段としてサラ・ペイリンを選ばざるをえなかったという点が良く分かる映画である。

 ペイリン自体がどれほど危なっかしい政治家だったのか。本作で描かれるペイリン描写は以下の通り

 ①9.11同時多発テロの真犯人はイラクであったと認識。アメリカの対外戦略を知らない。
 ②FRBを知らず経済政策について一切知識がない。
 ③歴史を知らない。(興味なかった?)
 ④討論会やインタビューで、基本的知識・認識不足を露呈する。

 他にも、アラスカのとなりにロシアが存在するといったボケ(ジョーク?)まで披露し、有権者の失笑を買ってしまう。最終的には選挙対策チーム自体が崩壊してしまうという笑えない状況・・・。

 結局、どんな手を使っても共和党陣営は選挙に勝てなかったのだが、もしマケイン・ペイリン陣営がオバマ陣営に勝ったとしたらどうなるか?。

 ペイリンは、おそらくマーガレット・サッチャーになろうとしただろう。マーガレット・サッチャーは、歴史的評価が分かれる政治家で、労働者側の立場から言えば憎きサッチャー以外何者でもないが、資本家側から見れば有能で英国病を克服した歴史的に偉大な女性リーダーとの評価

 サッチャーが生まれた背景は、英国病によって経済が疲弊していた状況で、共産主義に対するイデオロギー闘争の闘志としてのアイコンを、民主主義勢力が欲していた面がある。サッチャーの先見性自体は偉大であり、評価されるべきものだ。詳しくは国際ジャーナリストの小西克哉氏のサッチャー論を参照。サッチャリズムとは、明確な敵対勢力が存在してこそ、効果を発揮する。当時のイギリスで言えば、肥大化する労働組合や冷戦下における共産主義といったものだ。

 現代は、資本主義側から見て明確な敵対勢力が存在しないので、サッチャリズムが現代において効果的か疑問である。むしろ、金融業界の暴走による経済崩壊、軍事産業と石油産業の利権に為に戦争が勃発し、無実の市民が犠牲になる、巨大資本の発展途上国搾取といった負の側面が大きくなってきた。

 新自由主義的イデオロギーは、共産主義の対等によって極端な方向に向かっていた世界経済の秩序を調整したという功績は誰もが認めるだろう。しかし、明確な対立軸が存在しない現代では、新自由主義が世界経済の秩序を歪めつつあるのだ。

 サラ・ペイリンは、どちらかと言えばイデオロギーありきの政治家であり、キリスト教的理想を政治に追及しようとしていたと思われる。サッチャーのアイコンを自分に重ねて、現実的に実現可能な政策か考慮せず、我が道を突き進んでいただろうというのが本作を見れば分かる。

 イデオロギーとは理想そのものであるが、理想ありきでは政治はなりたたない。宗教は理想への追求であるが、政治とは現実との妥協によって進んでいく。共産主義が崩壊した理由と言っても過言ではない。

 サッチャーは一般庶民から上流階級へ上がった知性の高い女性であり、その先見性が冷戦終結に貢献したが、もしサラ・ペイリンが2008年の大統領選で勝利し、米副大統領になっていたらどうなっていたのであろうか。今考えてみれば恐ろしいものである。

 The question we ask today is not whether our government is too big or too small, but whether   it works (私たちが問うべきは、大きな政府か、小さな政府のどちらを選ぶべきかではない。政府が政府としての役割を果たすかどうかである)by Barack Obama's Inaugural Address

 新自由主義ありきの政治は、もう現代社会では成り立たない。理想ありきではなく、徹底的な現実主義者こそ、今の世界に必要なリーダーであることを痛感させられる映画である。

 ※筆者は、完全にオバマ政権を支持するわけではない。ただし、中絶や同性愛を政治的論争に使う政治家は全面的に支持しないという立場である。また資本主義を容認しつつ、新自由主義的アプローチには反対を唱えるという中途半端な政治スタンスです。
 



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