2013年4月21日日曜日

スピルバーグ監督作「リンカーン」が難しくてモヤモヤしたら、「ミルク」を飲みましょう。

今週金曜日に公開されたスピルバーグ監督最新作の「リンカーン」、評価が二分されているような気がします。

 スピルバーグ作品らしくないとか、シナリオが良く分からなかったから、民主主義のリーダーとは何か学べた等の感想をツイッターで流れてますね。

 リンカーンは、スピルバーグ作品史上最も政治的に深い映画であり、修正憲法13条を可決させる為に、南部の利害を代表する民主党議員の中から、強引な手法を使って懐柔するプロセスに焦点が当てられており、リンカーン自体に共感するのが難しいかもしれません。

 
 もしリンカーンを見て、何かしらモヤモヤしたモノが心の中に残るなら、1977年にサンフランシスコ市議員に当選し、自身も同性愛者であり、セクシャルマイノリティの地位向上に努めたハーヴェイ・ミルクを映画化したガス・ヴァン・サント監督、ショーン・ペン主演の「ミルク」をオススメします。

 なぜ、この映画を紹介するかというと、スピルバーグ監督の「リンカーン」は、トニー・クシュナーが脚本を担当しているからです。スピルバーグとトニー・クシュナーと言えば、ミュンヘンオリンピックでイスラエル人選手がアラブ系テロリストに殺され、その報復の為に強硬手段を取ったイスラエルを批判する「ミュンヘン」が有名です。2005年に公開された映画で、政治的比喩としては9.11同時多発テロの報復として、イラクを攻撃したブッシュ政権に対する批判映画として作られました。

 またトニー・クシュナー自身は同性愛者であり、「エンジェルス・イン・アメリカ」というニューヨークを舞台にした同性愛者の人間ドラマの原作者としても有名。

 スピルバーグとトニー・クシュナーがタッグを組んだ映画は、アメリカ社会に対する問い掛けのような映画になるのは必然的で、特に同性愛者に対して厳しい態度を取る共和党に対して批判的映画になってしまうのは避けられません。

 従って「リンカーン」自体は、アメリカ史やキリスト教、南北戦争時の状況等を理解しつつ、製作者の背景を知らないと、映画に入り込みづらいと言えるのです。

 「ミルク」なら、アメリカ史に詳しくなくとも、セクシャルマイノリティに対する偏見と闘った偉大な政治家として、自らが同性愛者である事を公表し、様々な苦悩、葛藤を抱えながら一人の人間として生きたハーヴェイ・ミルクに共感出来ると思います。解説はこちら

 アメリカにおいて、同性愛者に対する差別が激しい理由の一つはキリスト教です。聖書においては、同性愛を禁止していると解釈できる記述があり、キリスト教福音派と呼ばれるプロテスタントの人々が、同性愛を毛嫌いしているからです。ミルクにおいては、キリスト教福音派の支持を受けた政治家と同性愛について議論するといったシーンがあります。
 
 どの国でも、同性愛者、特にゲイに対する偏見は存在します。その偏見に宗教的価値観が絡むと差別が過熱してしまうのです。同性愛者の人々は、自分のアイデンティティを隠しながら生きるしかなかった人々の希望こそ、ハーヴェイ・ミルクそのものでした。

 志半ばで、ミルクはダン・ホワイトという同僚議員に殺されてしまうのですが、そのシーンも「ミルク」にあります。ミルクが暗殺された後の追悼集会のシーンは涙なしには見れない名シーンです。同性愛者の地位向上に全てを捧げた、セクシャルマイノリティ―にとってのキリストになった瞬間でもあります。

 この映画では、ミルクを殺害したダン・ホワイトの人間性について、明確に描かれるわけではないですが、さり気なく彼自身がミルクと同じ同性愛者だったのではないかと思わせるシーンがあります。彼自身の周りの環境が、自分自身のアイデンティティを偽り、結果的に、それが彼を追い詰めていったのではないかという製作者側の解釈でしょうか。

 「エンジェルス・イン・アメリカ」でも、ロイ・コーンという実在の弁護士をアル・パチーノが演じています。ロイ・コーンは、赤狩り時代に権力を得た弁護士ですが、彼自身がゲイなのです。AIDSに感染してしまい、必死にゲイというセクシャリティーを隠し弁護士として死のうとするが、弁護士資格をはく奪されたことを知った後死んでいくという哀れな終りでした。

 レーガン政権以降のアメリカの共和党は、キリスト教福音派が支持母体なので、同性愛者でありがながら共和党議員として、同性愛者に対する弾圧に手を貸していた人も実在しました。同性愛をテーマにした映画では、同性愛者として、自らのセクシャリティーを公表してマイノリティーの地位向上に努める人物と、自らのセクシャリティーを隠して、自分と同じマイノリティー弾圧に手を貸してしまう人物を対比させると、アメリカにとって非常に深いテーマを追求する映画になるのです。

 自分の本当のアイデンティティを隠して生きていくという事は、自分を犠牲にするだけでなく、他人を犠牲にしてしまい、悲劇が生まれてしまうという私達が学ぶべき教訓でもあります。

 もしリンカーンを見て、同じようなリーダーが苦悩しながら現実と戦っていくという映画を観たいと思ったら、ミルクをオススメします。

 映画の中で、ハーヴェイ・ミルクが暗殺された後に最後に流れる台詞。
「私達は希望が必要だ。希望無き人生なんて、誰も生きていけないのだから。」


 

 

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